10-1『〝レーベンホルムには行かない〟』


切りどころが難しかったため、短めです。


 指揮所となった村の空倉庫に設置された無線機が、凪美の町の外で中継所となっている小型トラックの無線を経由して、鷹幅からの緊急展開の要請コールを受け取った。
「井神一曹!鷹幅二曹達から緊急展開部隊の出動要請です!」
「了解。――緊急展開部隊の各隊に発令、〝レーベンホルムには行かない〟。繰り返す、〝レーベンホルムには行かない〟」
 帆櫛の上げた報告の声を受け、井神は設置された無線機に向けて静かに命令を下した。


 村内の開けた場所に鎮座していた、航空隊のCH-47J輸送ヘリコプターが、その二つのローターを回転させて轟音を響かせている。
「わー!」
「凄ーい!」
 その少し離れた位置にでは、音を聞きつけて駆け付けた子供たちが、激しく巻き上がる砂埃に巻かれながらも、はしゃいでいる。
 子供たちは自分達を救ってくれた隊と、それに関わる事物に関して、興味こそあれどすでに恐怖感は無いようだった
「近寄っちゃだめよ!」
 そしてはしゃぐ子供たちを、村の娘のゼリクスが抱き留めて抑えていた。
(とんでもないわね……)
 そんな彼女も内心では、目の前で轟音を立てて奇妙な翼を荒々しく回す怪鳥に驚愕していた。
(こんな物まで持っているだなんて、なんて人達なの……)
 そしてそれを保有する隊の存在について、恐ろしさにも似た感情を抱きながら、自分たちがこれ以上前に出ないよう、目の前で立ちはだかっている隊員に視線を向けた。
「危ないから、もう少し下がってください」
 その隊員に促され、ゼリクスは抱き留める子供たちを連れて、引き下がった。


「各計器、表示正常」
「前部エンジン良し、後部エンジン良し」
「各部、目視確認しました。正常です」
 CH-47Jのコックピットでは機長である小千谷と、副機長の維崎、機上整備員の得野が機体の各部に異常が無い事を、声に出しながら確認を行っていた。
「小千谷、全て異常無しだ」
「良し――〝レーベンホルムには行かない〟だ。各ポジション、報告せよ」
 機体に異常が無い事が確認できると、小千谷は貨物室へと振り向き、パイロット用ヘルメットに装着された無線機を用いて、機内で配置に付いている各員に呼びかける。
《右銃座よし》
《左銃座、異常無し》
《後部重機関銃良し》
 小千谷の声に答え、各ポジションから無線越しに返答が返って来る。
「了解。〝お客さん〟も報告してくれ」
 各ポジションから異常無しの報告を受け取ると、今度は無線に向けてそんな旨の言葉を発する。
《波原以下、レンジャー班三名。搭乗良し》
 お客さんとはすなわち、これからヘリコプターが目的地まで運ぶ、陸隊の隊員の事だ。
 レンジャー班の班長を任せられた波原が、施設科のレンジャーでベトナム系の隊員であるヴォー三曹と、そして新好地の姿を確認して報告を上げる様子が見える。
《伽壽以下、機上観測要員二名。搭乗完了してる》
 そして今回の作戦では機上観測要員を担当することになった自由が、同じく機上観測要員となり、機内で落ち着かなそうにしている剱の姿を一瞥して、報告の声を上げる様子が見えた。
「よし、全部OKだな。ペンデュラム、こちらはライフボート。準備完了、離陸許可を求む」
 全ての確認が完了すると、小千谷は指揮所へ離陸許可を求める。
《ライフボート、こちらはペンデュラム。そちらがOKならば離陸してください》
 正式な管制ではない井神からの、くずれた言葉使いでの離陸許可が下りる。
「了解。――ペンデュラムへ、ライフボート離陸する」
 小千谷は指揮所へ無線にて離陸する旨を告げる。
 そしてエンジンの出力を上げる操作を行い、ローターがその回転速度を一層速くする。
 やがてCH-47Jは、その巨体を中空にふわりと持ち上げた。


 村のはずれでは、無人観測機の射出準備が整っていた。仰角を取ったカタパルトの上で、無人観測機は飛び立つその時を待っている。
「ペンデュラム、こちら射出場。オープンアームの射出準備は完了しています」
《了解。オープンアームの射出を許可する》
「射出許可が下りた、エンジンを始動してくれ」
 射出要員の縣三曹が指示を下し、無人観測機のエンジンが始動される。
 機体後部のプロペラが回転を始め、轟音が辺りに鳴り響き出す。
「出力、規定値に到達」
「よし、射出しろ!」
 合図が発せられた瞬間、バシュッ、という音と共に、無人観測機は勢いよく打ち出された。
 カタパルトからの射出により、一瞬の内に時速100㎞以上の速度に達した無人観測機は、あっというまに遥か上空にその機体を到達させた。
「操縦室。オープンアームの射出完了、間もなく規定高度に乗る。そちらに操縦を渡す」
《了解、操縦を受け取った。縣、そっちが終わったなら、君も操縦室に戻ってくれ》
「了解です」
 無線の相手である八島二曹に返しながら、縣三曹は上空に到達した無人観測機の姿を眺めていた。


 紅の町から約3㎞。
 町からは死角になっている丘の影で、車輛隊は待機していた。
《――緊急展開部隊の各隊に発令、〝レーベンホルムには行かない〟。繰り返す、〝レーベンホルムには行かない〟》
 自分の乗車車両を降りて作戦の発動を待っていた長沼は、ガントラックのキャビンに積まれた無線機から、作戦開始の報を聞いた。
「アルマジロ1-1よりペンデュラムへ、こちらはただいまより出動する」
 長沼は開け放たれた助手席ドアからキャビンに腕を突っ込み、置かれた無線のマイクを取り、指揮所へと出動の報告を返す。
「各員へ、〝レーベンホルムには行かない〟。作戦開始だ、これより出動する」
 そしてインカムで各隊員へ作戦開始の旨を伝えると、長沼はガントラック化された大型トラックの助手席に乗り込む。
 指揮車両を兼任するガントラックより前には、APCと工作車を兼任することなった87式砲測弾薬車と、地上火力の要である89式装甲戦闘車が同様に待機している。その二両がエンジンを吹かす重々しい音を立て、キャタピラの擦れる音を響かせて前進を開始した。
「舞魑魅一士、出発だ」
「了」
 前二両の出発を確認した長沼が、運転席の舞魑魅一士に発する。
 それに応えた舞魑魅がアクセルを踏み込み、長沼等の乗るガントラックは、前二両に続いて前進を開始する。


「〝レーベンホルムには行かない〟ッ!パーティータイムの始まりだなぁ!」
「あぁやれやれ。ホントに行きたくねぇなぁ、まったく!」
 ガントラックのその荷台では、多気投がいつもの調子で声を上げ、竹泉は愚痴を吐き捨てていた。



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